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東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)163号 判決

新潟県長岡市豊二丁目一三番三号

原告

高橋芳彦

右訴訟代理人弁理士

嶋宜之

群馬県渋川市三七一五番地の一九

被告

高橋宏嘉こと

高橋信一

右訴訟代理人弁護士

吉村駿一

右訴訟代理人弁理士

河野茂夫

東京都品川区大井四丁目二五番四号

被告

安田睦彦

主文

1  特許庁が、同庁昭和六〇年審判第五六一六号事件について、昭和六二年五月二九日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた判決

一  原告

主文同旨

二  被告等

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

被告両名は、考案の名称を「指圧代用器具のような貼り薬」とする実用新案登録第一五三六二五三号の実用新案(昭和五四年三月三一日出願、昭和五八年六月二二日出願公告(実公昭五八-二八五八九号)、昭和五九年三月二一日設定登録。以下「本件登録実用新案」という。)の実用新案権の共有者であるところ、原告は、被告等を被請求人として、昭和六〇年三月二三日本件実用新案登録を無効とすることについて審判を請求した。

特許庁は、右請求を同庁昭和六〇年審判第五六一六号事件として審理の上、昭和六二年五月二九日「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決をし、その謄本は同年八月八日原告に送達された。

二  本件登録実用新案の要旨

薄肉の円座の裏面を平坦に形成すると共に円座の表面に円座の中心より放射状に突脈を複数本突設し、基部より稜へ行く程突脈の幅が次第に幅狭になるように突脈の側面を急傾斜に形成すると共に突脈の稜を小円弧状に形成し、感圧性粘着剤を塗布せる基布シートに円座の裏面を粘着して成る指圧代用器具のような貼り薬。(以下、本件登録実用新案について本判決別紙本件登録実用新案図面参照。)

三  本件審決の理由の要点

1  本件登録実用新案の出願及び登録の日並びに本件登録実用新案の要旨は一、二項のとおりである。

2  これに対して、審判請求人(原告)は、特開昭五三-一一七二八二号公報(以下これを「引用例」という。)及び本件登録実用新案の貼り薬を証拠として提示し、本件登録実用新案は、引用例の技術と同一であるか又はそれに基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであって、実用新案法第三条第一項又は第二項の規定により実用新案登録を受けることができないものであるから、同法第三七条第一項第一号に該当し、無効とすべきである旨主張する。

3  そこで検討すると、引用例には、円形の基部の片面に一型、+型又はY型の突部を設けた治療器具が記載されており、基部は平板に形成してもよく、その基部をあらかじめ所定の大きさのばんそうこうに貼着してもよい旨の記載もあり、また突部について断面円形の針金で形成される例が示され、その稜部は小円弧状に図示されている。

4  してみると、本件登録実用新案の貼り薬と引用例の治療用具とは、基部の円座を平坦に形成し、その片面に中心より放射状に突脈を複数本突設し、その突脈の稜は小円弧状に形成されており、円座の裏面に粘着剤を塗布した基布シートを貼着する点で一致するが、突脈に関して、本件登録実用新案においては、基部より稜に向かってその幅が次第に狭くなるように側面を急傾斜に形成するのに対して、引用例においては、側面について記載されていない点で相違する。

5(一)  この点について、原告は、本件登録実用新案の貼り薬の突脈の傾斜は、その実施例によればきわめてわずかで判別できない程であり、また、その程度の傾斜は、成形過程の抜き勾配としても一般的であるから、この点をもって、技術的に意味のある構成とはいえない旨主張する。

しかしながら、審判被請求人(被告)等が提示した日刊工業新聞社昭和四八年一二月二〇日初版発行の白石順一郎著(本件審決中に「白石外一名著」とあるのは「白石順一郎著」の誤記と解する。)「射出成形用金型」一四頁(甲第五号証)をみると、本件登録実用新案の実施例程度の傾斜は、成形過程の抜き勾配として必ずしも一般的とはいえないものである。

(二)  そして、本件登録実用新案明細書には、突脈の側面を急傾斜にしたことにより、押圧部分の単位面積当りの応力が大きくなり、また、傾斜する側面により皮膚に対する部分的な刺激が大きくなるという作用効果を奏する旨記載されており、原告はこれに対して、実施例にみられる程度の傾斜によっては、所期の目的、効果を達成できないことを立証していない。

(三)  してみると、本件登録実用新案において、突脈の傾斜に関する構成は、技術的に無意味なものということはできないから、この構成について示唆するところのない引用例の技術をもって、本件登録実用新案がこれと同一、又はこれに基づいて当業技術者がきわめて容易に考案をすることができたということはできない。

6  したがって、本件登録実用新案は、原告の主張する理由によっては無効にすることができないものである。

四  本件審決を取消すべき理由

本件審決は、本件登録実用新案は、引用例記載のものと対比して、特段の効果を奏するものでないのに、所期の目的、効果を達成できないことの証明がないと誤認し(認定判断の誤り第1点)、引用例記載のものから本件登録実用新案の構成を推考することがきわめて容易であるのに、本件登録実用新案が引用例に基づいてきわめて容易に考案することができたということはできないと認定判断を誤った(認定判断の誤り第2点)結果、本件登録実用新案は無効にすることができないと判断を誤った違法があるから、取り消されなくてはならない。

なお、前記三1ないし4の本件審決の認定判断は認める。

1  認定判断の誤り第1点

(一) 本件審決は、本件登録実用新案の特段の効果として、〈1〉突脈の側面を急傾斜にしたことにより、押圧部分の単位面積当たりの応力が大きくなり、また、〈2〉傾斜する側面により皮膚に対する部分的な刺激が大きくなるという、二つの作用効果をあげ、「原告はこれに対して、実施例にみられる程度の傾斜によっては、所期の目的、効果を達成できないことを立証していない。」と認定判断している。

(二) 右〈1〉の効果について検討すると、弾性を有する皮膚に突脈を押しつけるときに、突脈の側面に皮膚が接触する状況を示したのが別紙参考図1及び2である。別紙参考図1は、本件登録実用新案のように突脈の側面を傾斜させたものの要部の拡大断面図であり、別紙参考図2は、引用例記載のもので、突脈の側面を傾斜させていないものの要部の拡大断面図である。

右各図において、皮膚に対する押圧力は、力Fによって発揮されるが、この力Fのすべてが効率よく皮膚に作用すればするほど、その単位面積当たりの押圧力が大きくなることは、自明の理である。

ところで、別紙参考図1からも明らかなように、側面に傾斜を有する本件登録実用新案の場合には、その側面に皮膚が接触することによって、力Fが分力f1とf2とに分解される。このように力Fが分力f1とf2とに分解されれば、それだけ押圧部分の皮膚に対する押圧力が小さくなることは力学上自明である。

これに対し、別紙参考図2のように突脈の側面に傾斜を有しない場合には、分力f2が発生しないので、別紙参考図1のものよりも力Fが皮膚に効率よく作用することになる。

つまり、突脈の側面に傾斜のない引用例記載のものの方が、突脈の側面に傾斜のある本件登録実用新案よりも単位面積当たりの応力を大きくできるから、本件登録実用新案の効果〈1〉は、引用例記載のものによっても達成できるもので、本件登録実用新案の特有の、特段の効果ということはできない。

(三) 次に前記〈2〉の効果、即ち、「傾斜する側面により皮膚に対する部分的な刺激が大きくなる。」ことにいう、「傾斜する側面により皮膚に対する部分的な刺激」とは、甲第二号証(本件登録実用新案の実用新案出願公告公報)4欄五行から九行までに「近接せる突脈間に入り込んだ皮膚が・・・突脈の側面間にはさまれて・・・つねられた状態になる」と記載されていることからすれば、つねると同じような刺激と考えられる。

この、つねると同じような刺激は、皮膚が突脈と突脈との間に強制的に押し込まれたとき、その皮膚の弾力性が突脈の側面に作用して発生するもので、このことは右甲第二号証の3欄四三行から4欄三行までに、「円座1の中心部分の突脈4と突脈4との間に痛点いわゆるつぼの中心部の皮膚が入り込み、近接せる突脈4にて痛点いわゆるつぼの中心の皮膚をつねるのと同じ効果が与えられるものであり」と記載されていることから明らかである。

したがって、このつねる効果は、「円座1の中心部分の突脈4と突脈4との間に痛点いわゆるつぼの中心部の皮膚が入り込」むことによって発揮されるもので、そのための絶対条件は、皮膚が押し込まれる複数の突脈があることである。この複数の突脈は、引用例に「平面+型あるいはY型」の突部が明記されているから、引用例記載のものでも、突部と突部との間に皮膚が入り込んで、つねる効果を発揮させ得ることは、当然に推定できる。

もっとも、甲第二号証4欄三行から四行までに「しかも、突脈の急な傾斜を有する側面11により皮膚に対する部分的な刺激が大である」と記載され、突脈の側面に急傾斜を形成することにより、つねる効果が一層助長されるとしている。しかし、前記のように、複数の突脈があれば、そこに押し込まれた皮膚につねる効果が作用する以上、突脈の急傾斜による効果は、あくまでも程度の差に過ぎない。

よって、本件登録実用新案の効果〈2〉は、引用例記載のものと程度の差があるに過ぎず、本件登録実用新案の特有の、特段の効果ということはできない。

2  認定判断の誤り第2点

引用例記載のものは、本件審決が、本件登録実用新案と引用例記載のものとの一致点として認定しているとおり、基部の円座の片面に中心から放射状に突脈を数本突設してあるものであり、突脈を突設する以上、少なくとも、その突脈の側面を垂直にしたものが含まれると解するべきである。ところで、右突脈の側面が垂直であるものと、急傾斜であるものとの限界は明らかではなく、また、突部の単位面積当たりの応力を大きくするという目的を持ったとき、突部の形態をくさび形状にするということは、常識的なことである。

以上のことから、引用例記載のものの構成から本件登録実用新案の構成を推考することは、きわめて容易であったものである。

したがって、本件登録実用新案が引用例記載のものに基づいてきわめて容易に考案することができたということはできない旨の本件審決の認定判断は誤りである。

第三  請求の原因に対する認否及び被告等の主張

一  請求の原因一ないし三は認め、同四は争う。本件審決の認定判断は正当であり、原告主張の取消事由はない。

二  請求の原因四1の主張中、引用例記載のものが、本件登録実用新案と同程度に押圧部分の単位面積当たりの押圧力が大きい旨の主張及び引用例記載のものでも、突部と突部との間に皮膚が入り込み、その限度でつねるような効果を奏するとの主張は否認する。

突脈の側面を急傾斜に形成していない引用例記載のものは、本件登録実用新案におけるような作用効果を奏するものとは認められないから、「突脈間に入り込んだ皮膚が基部より稜へ行く程幅が狭くなった突脈の側面間にはさまれて、表面側(円座側)にいく程徐々に強く・・・なるようにつねられた状態」となり、その結果、皮盾に対する部分的な刺激が大きくなるという作用効果を本件登録実用新案における特有の特段の効果とした本件審決の認定判断は正当である。

三  請求の原因四2の主張中、引用例記載のものが突脈の側面を垂直にしたものを含むと解すべきであるとの主張及び突部の単位面積当たりの応力を大きくする目的をもったとき、突部の形態をくさび形状にすることは常識的であるとの主張は否認する。

即ち、本件審決が認定しているとおり、引用例記載のものはその突部の側面について何ら記載されていないのである。

また、仮に原告主張のように、引用例に記載されたものの突部の側面が垂直であると解されるとしても、本件登録実用新案は「基部より稜へ行く程突脈の幅が次第に狭くなるように突脈の側面を急傾斜に形成」したことにより、「突脈間に入り込んだ皮膚が基部より稜へ行く程幅が狭くなった突脈の側面間にはさまれて、表面側(円座側)にいく程徐々に強く・・・なるようにつねられた状態」となり、その結果、皮膚に対する部分的な刺激が大きくなるという作用効果を奏するのであって、右突脈の皮膚に対する作用力を集中させることのみを目的として突脈の側面を急傾斜に形成しているのではないから、突脈の側面を急傾斜に形成することは、決して常識的とはいえないのである。

第四  証拠関係

証拠関係は、記録中の書証目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求の原因一ないし三は当事者間に争いがない。

二1  成立について当事者間に争いのない甲第二号証(本件登録実用新案の実用新案出願公告公報)によれば、本件登録実用新案の明細書の考案の詳細な説明の欄には、次のような記載のあることが認められる。

(一)  従来例は第1図および第2図(本判決別紙本件登録実用新案図面第1図及び第2図)に示すようなもので、円座1'は厚肉で表面3'及び裏面2'が共に太鼓状に膨出したもので、基布シート6'は円形で、表面に感圧性粘着剤5'を塗布してあり、この基布シート6'に感圧性粘着剤5'の上から円座1'の裏面2'を貼り付けたものであった。このような従来例にあっては円座1'が厚肉であるため円座1'の側面に外力がかかりやすく、しかも裏面3'が太鼓状に形成してあるため、円座1'の基布シート6'への密着度が悪く、その結果円座1'が基布シート6'よりはがれやすいという欠点や表面3'が単なる太鼓状のものであるためこの貼り薬A'を人体の皮膚上に貼り付けたとしても皮膚に対する刺激が少なく、皮膚刺激によるリウマチ、神経痛、肩こり、腰痛等の治療効果が低いという欠点があった(甲第二号証一頁2欄二行から一六行まで)。

(二)  本考案はかかる従来例の欠点に鑑みてなされたもので、本考案の第一の目的とするところは、円座の表面に円座の中心より放射状に複数本の突脈を突設し、感圧性粘着剤を塗布せる基布シートに円座の裏面を貼着することにより、人体の皮膚に突脈が喰い込むように円座を基布シートにて貼着するとこの突脈が皮膚表面を十分刺激して、リウマチ、神経痛、肩こり、腰痛等の治療効果を十分上げることができる指圧代用器具のような貼り薬を提供することにあり、その第二の目的とするところは、薄肉の円座の裏面を平坦に形成し、感圧性粘着剤を塗布せる基布シート上に円座の裏面を貼着することにより、円座が基布シートよりはがれない指圧代用器具のような貼り薬を提供するにあり、その第三の目的とするところは突脈の稜を円弧状に形成することにより、突脈が皮膚に喰い込むように円座を貼着したとしても皮膚を過度に刺激したり、傷付けたりすることがない指圧代用器具のような貼り薬を提供するにある(甲第二号証一頁2欄一七行から三五行まで)。

(三)  以下、第一の実施例についての説明として(本判決別紙本件登録実用新案図面第3図ないし第5図参照。)、この指圧代用器具のような貼り薬Aにてリウマチ、神経痛、肩こり、腰痛などの治療を行う場合まず首、肩、背中、腰部などを指で強く押圧し、凝りの最も激しい個所、痛点いわゆるつぼを探し出し、次に台紙7から貼り薬Aをはがし、円座1が丁度痛点いわゆるつぼに一致するように貼り付け、上から指で約五秒間押圧して突脈4を強く皮膚に喰い込ませ、痛点いわゆるつぼの皮膚を強く刺激する。約五秒間経つと指を外すがこの場合でも基布シート6で円座1が皮膚に押し付けられているため、なお円座1の突脈4が皮膚に喰い込んだ状態を保っているものである。この状態において、突脈4の稜9は小円弧状に形成してあるため皮膚を傷付けたりすることがないものである(甲第二号証二頁3欄二二行から三六行まで)。

(四)  また突脈4は基部の幅が約〇・五mm、稜9の所で約〇・三mmと非常に幅狭でしかもその側面11の傾斜は急なものであるから円座1の皮膚への押圧力は小さくとも突脈4の押圧部分の単位面積当りの応力はかなり大きく、痛点いわゆるつぼの皮膚を十分に刺激するものである。また三本の突脈4は円座1の中心より放射状に突設してあるが、円座1の中心部分の突脈4と突脈4との間に痛点いわゆるつぼの中心部の皮膚が入り込み、近接せる突脈4にて痛点いわゆるつぼの中心の皮膚をつねるのと同じ効果が与えられるものであり、しかも突脈の急な傾斜を有する側面11により皮膚に対する部分的な刺激が大である。つまり近接せる突脈間に入り込んだ皮膚が基部より稜へ行くほど幅が次第に狭くなった突脈の側面間にはさまれて、表面側(円座側)にいく程じょじょに強くなり、且つ痛点の中心(円座の中心)にいく程強くなるようにつねられた状態となる。

このように痛点いわゆるつぼに合せて円座1を貼り、常に痛点いわゆるつぼの皮膚を突脈4にて刺激しつづけると、皮膚表面の皮膚知覚神経、神経の自由終末部即ちルフイニイ小体が刺激され、血行が良好となり、リウマチ、神経痛、肩こり腰痛や内臓疾患も治るものである(甲第二号証二頁3欄三六行から4欄一五行まで)。

(五)  また円座1の裏面2は平坦に形成され、この裏面2を感圧性粘着剤5にて基布シート6に貼着されているため裏面2が太鼓状のものと違って基布シート6への密着が秀れると同時に円座1は約〇・五mmと非常に薄いため、円座1の側面に外力がかかるということがなく、円座1が基布シート6からはがれるということがないものである(甲第二号証三頁5欄四行から一一行まで)。

2  右認定の事実及び前記当事者間に争いがない請求の原因二(本件登録実用新案の要旨)によれば、本件登録実用新案は、右1(一)記載のような、厚肉で表面及び裏面が共に太鼓状に膨出した円座を構成要素とする従来例の、円座が基布シートからはがれやすいという欠点及び円座の表面が単なる太鼓状のものであるため人体の皮膚上に貼り付けても皮膚に対する刺激が少なく、皮膚刺激による治療効果が低いという欠点に鑑みてなされたもので、

(一)  第一の目的は、円座の表面に円座の中心より放射状に複数本の突脈を突設し、感圧性粘着剤を塗布せる基布シートに円座の裏面を貼着することにより、人体の皮膚に突脈が喰い込むように円座を基布シートにて貼着すると、この突脈が皮膚表面を十分刺激して、リウマチ、神経痛、肩こり、腰痛等の治療効果を十分上げることができる指圧代用器具のような貼り薬を提供することにあり、

(二)  第二の目的は、薄肉の円座の裏面を平坦に形成し、感圧性粘着剤を塗布せる基布シート上に円座の裏面を貼着することにより、円座が基布シートよりはがれない指圧代用器具のような貼り薬を提供することにあり、

(三)  第三の目的は、突脈の稜を円弧状に形成することにより、突脈が皮膚に喰い込むように円座を貼着したとしても皮膚を過度に刺激したり、傷付けたりすることがない指圧代用器具のような貼り薬を提供することにあり、

その構成は、前記当事者間に争いがない本件発明の要旨のとおりである。

そして、右構成によって、前記(一)ないし(三)の目的を達成する効果を奏するものであるが、これを実施例によって前記(一)の目的の達成について説明したのが前記1(四)の記載、前記(二)の目的の達成について説明したのが前記1(五)の記載、前記(三)の目的の達成について説明したのが前記1(三)の記載である。

前記(一)の目的の達成について更に詳細に検討すると、痛点いわゆるつぼに合せて円座を貼り、常に痛点いわゆるつぼの皮膚を突脈で刺激しつづけると、後記ア、イの作用効果により、皮膚表面の皮膚知覚神経、神経の自由終末部即ちルフイニイ小体が刺激され、血行が良好となり、リウマチ、神経痛、肩こり腰痛や内臓疾患も治るものであるとされている。

ア 突脈は非常に幅狭でしかもその側面の傾斜は急なものであるから円座の皮膚への押圧力は小さくとも突脈の押圧部分の単位面積当たりの応力はかなり大きく、痛点いわゆるつぼの皮膚を十分に刺激する。

イ 円座の中心部分の突脈と突脈との間に痛点いわゆるつぼの中心部の皮膚が入り込み、近接せる突脈にて痛点いわゆるつぼの中心の皮膚をつねるのと同じ効果が与えられ、しかも、突脈の急な傾斜を有する側面により皮膚に対する部分的な刺激が大である。

つまり近接せる突脈間に入り込んだ皮膚が基部より稜へ行くほど幅が次第に狭くなった突脈の側面間にはさまれて、表面側(円座側)にいく程徐々に強くなり、且つ痛点の中心(円座の中心)にいく程強くなるようにつねられた状態となる。

三  認定判断の誤り第1点及び第2点について

1  請求の原因三(本件審決の理由の要点)3の引用例の記載事項についての本件審決の認定、即ち、引用例には、円形の基部の片面に-型、+型又はY型の突部を設けた治療器具が記載されており、基部は平板に形成してもよく、その基部をあらかじめ所定の大きさのばんそうこうに貼着してもよい旨の記載もあり、また突部について断面円形の針金で形成される例が示され、その稜部は小円弧状に図示されているとの認定及び同4の、本件登録実用新案の貼り薬と引用例の治療用具との一致点及び相違点についての認定、即ち、両者は、基部の円座を平坦に形成し、その片面に中心より放射状に突脈を複数本突設し、その突脈の稜は小円弧状に形成されており、円座の裏面に粘着剤を塗布した基布シートを貼着する点で一致するが、突脈に関して、本件登録実用新案においては、基部より稜に向かってその幅が次第に狭くなるように側面を急傾斜に形成するのに対して、引用例においては、側面について記載されていない点で相違するとの認定は、原告も自ら認めるところである。

ところで、引用例には、-型、+型又はY型の突部を設けた治療器具が記載されていること及び突部について断面円形の針金で形成される例が示されていることは、右のとおりであり、突部が断面円形の針金で形成される場合には、突部の側面はないことになる。

しかし、成立について当事者間に争いのない甲第四号証によれば、突部が断面円形の針金で形成されるものは実施例であること、引用例には引用例記載のものの突部がそのような形状に限られることを示す記載がないことが認められる。

そして、突部である以上基部から稜まで側面を有するものが通常であると認められるから、引用例には、突部の側面について明示の記載こそないけれども、突部という記載自体が基部から稜までの通常の形態の側面、即ち、必ずしもそれに限られるものではないが少なくとも、基部の円座に対して垂直な側面の存在を示唆しているものと認められる。

更に、引用例に示唆された突部の垂直な側面も、厳密な意味での垂直に限定されるものではないことは明らかであり、かつ、突部の先端部で皮膚を押圧するものである以上突部の断面の形状を、基部から稜に向かってわずかにその幅が狭くなるように形成することは常識的なことであるから、引用例に示唆された突部の垂直な側面を、基部より稜に向かってその幅が次第に狭くなるように側面を急傾斜に形成する程度のことは、当業技術者が容易にすることのできる設計変更にすぎないものと認められる。

2  前記二の1、2に認定したところによれば、本件登録実用新案のものを、痛点いわゆるつぼに合せて貼ることにより、

ア  突脈は非常に幅狭でしかもその側面の傾斜は急なものであるから円座の皮膚への押圧力は小さくとも突脈の押圧部分の単位面積当たりの応力はかなり大きく、痛点いわゆるつぼの皮膚を十分に刺激する。

イ  円座の中心部分の突脈と突脈との間に痛点いわゆるつぼの中心部の皮膚が入り込み、近接する突脈で痛点いわゆるつぼの中心の皮膚をつねるのと同じ効果が与えられ、しかも、突脈の急な傾斜を有する側面により皮膚に対する部分的な刺激が大である。

つまり近接する突脈間に入り込んだ皮膚が基部より稜へ行くほど幅が次第に狭くなった突脈の側面間にはさまれて、表面側(円座側)にいく程徐々に強くなり、且つ痛点の中心(円座の中心)にいく程強くなるようにつねられた状態となる。

との作用効果により、皮膚表面の皮膚知覚神経、神経の自由終末部即ちルフイニイ小体が刺激され、血行が良好となり、リウマチ、神経痛、肩こり腰痛や内臓疾患も治るものであるとされている。

3(一)  右アの、円座の皮膚への押圧力は小さくとも突脈の押圧部分の単位面積当たりの応力がかなり大きくなるのは、突脈の先端が幅狭であることによるものと認められるところ、引用例記載のものも、本件登録実用新案と同じく、片面に中心より放射状に突脈を複数本突設し、その突脈の稜は小円弧状に形成されていることは前記認定のとおりであり、前記甲第二号証及び甲第四号証によれば突脈の先端の幅については、本件登録実用新案及び引用例記載のもののいずれも限定はないことが認められるから、引用例記載のものも、円座の皮膚への押圧力は小さくとも突脈の押圧部分の単位面積当たりの応力はかなり大きく、痛点いわゆるつぼの皮膚を十分に刺激する効果を有することが認められる。

更に、本件登録実用新案と引用例記載のものにおいて、突脈の側面に急傾斜があるものと側面が垂直であるものという差異のみがあり、それぞれの円座に同一の力が加わるようにして皮膚に押し付ける場合を想定すると、側面に傾斜を有する本件登録実用新案の場合には、その側面に皮膚が接触することによって、別紙参考図1に図示されたように、力Fが分力f1とf2とに分解され、突脈の先端部における皮膚に対する押圧力が小さくなるのに対し、別紙参考図2のように突脈の側面に傾斜を有しない場合には、分力f2が発生しないので、突脈の先端部における皮膚に対する押圧力が別紙参考図1のものよりも大きくなるものと考えられ、突脈の側面に傾斜のない引用例記載のものの方が、突脈の側面に傾斜のある本件登録実用新案よりも単位面積当たりの応力を大きくすることができるということができる。

よって、本件登録実用新案の効果アは、引用例記載のものによっても達成できるのみならず、むしろ引用例記載のものの方こそ一層効率的に達成できるものということができ、本件登録実用新案の特有の効果ということはできない。

(二)  次に、前記本件登録実用新案の効果イのうち、円座の中心部分の突脈と突脈との間に痛点いわゆるつぼの中心部の皮膚が入り込み、近接する突脈で痛点いわゆるつぼの中心の皮膚をつねるのと同じ効果が与えられ、痛点の中心(円座の中心)にいく程強くなるようにつねられた状態となるのは、円座の中心から放射状に設けられた突脈と突脈の間に皮膚が入り込むことにより得られる効果であることは明らかであるところ、引用例記載のものも円座の中心から放射状に突設された突脈を有するから、同様の効果を奏するものと認められる。

(三)  ところで、前記本件登録実用新案の効果イのうち、近接する突脈間に入り込んだ皮膚が基部より稜へ行くほど幅が次第に狭くなった突脈の側面間にはさまれて、表面側(円座側)にいく程徐々に強くつねられる状態になり、突脈の急な傾斜を有する側面により皮膚に対する部分的な刺激が大であるのは、突脈の側面が急な傾斜を有することによるものと認められる。

しかし、本件登録実用新案においては側面の急傾斜の程度には何ら限定がないから、極めて急な傾斜、即ち垂直に極めて近い場合も含まれるものと認められるが、そのような場合であっても、垂直から極めてわずかに傾斜が緩むことによって、突脈の側面間にはさまれて、表面側(円座側)にいく程徐々に強くつねられる状態になり、突脈の急な傾斜を有する側面により皮膚に対する部分的な刺激が大となるという効果を特に顕著に奏するものとは認められない。

したがって、前記本件登録実用新案の効果イのうち、近接する突脈間に入り込んだ皮膚が基部より稜へ行くほど幅が次第に狭くなった突脈の側面間にはさまれて、表面側(円座側)にいく程徐々に強くつねられる状態になり、突脈の急な傾斜を有する側面により皮膚に対する部分的な刺激が大であるという効果は、本件登録実用新案のすべてが顕著に奏するものではなく、本件登録実用新案の一部が奏するものにすぎないものと認められる。

(四)  よって、本件登録実用新案のものと引用例記載のものとは前記ア及びイの効果において顕著な差異はないものと認められる。

なお、前記二2の(二)の本件登録実用新案の第二の目的、即ち、薄肉の円座の裏面を平坦に形成し、感圧性粘着剤を塗布せる基布シート上に円座の裏面を貼着することにより、円座が基布シートよりはがれない指圧代用器具のような貼り薬を提供するという目的を達成するという効果については、本件登録実用新案も引用例記載のものも、基部の円座を平坦に形成し、円座の裏面に粘着剤を塗布した基布シートを貼着する点で一致することは、前記1認定のとおりであるから、両者の間に差異はないものと認められる。

更に、前記二2の(三)の本件登録実用新案の第三の目的、即ち、突脈の稜を円弧状に形成することにより、突脈が皮膚に喰い込むように円座を貼着したとしても皮膚を過度に刺激したり、傷付けたりすることがない指圧代用器具のような貼り薬を提供するという目的を達成するという効果についても、本件登録実用新案も引用例記載のものも、突脈の稜が小円弧状に形成されている点で一致することは、前記1認定のとおりであるから、両者の間に差異はないものと認められる。

4  以上のとおりであるから、本件登録実用新案は、引用例記載のものと対比して、特段の効果を奏するものでなく、かつ、引用例記載のものから本件登録実用新案の構成を推考することがきわめて容易であると認められ、本件登録実用新案が引用例に基づいてきわめて容易に考案をすることができたということはできない旨の本件審決の認定判断は誤りである。

四  よって、その主張の違法があることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 元木伸 裁判官 西田美昭 裁判官 島田清次郎)

別紙 本件登録実用新案図面

〈省略〉

別紙

〈省略〉

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